無冠文庫

古今東西傑作小説集

掌編視覚『顔』

「私の初恋の相手を紹介するから」

そう言って私は、友人を呼びつけた。

「ここの美術館変わってないのな」

言いつつも友人は物珍しそうに作品を眺めた。美しい後ろ姿の西洋絵画のレプリカ。

「私はよくその壁の彼女に会いに来るよ」

「は、えっ」

「小学校の遠足以来。毎週、今日も」

「初恋、絵っ」

みんなは初めて彼女を見た時、「どの角度から見ても目が合う」と言った。

「私には彼女が後ろを向いている様に見えるんだ。だけど君には彼女が微笑みかけてくれるんだろう」

私の言葉の意味が友人には伝わらない。

「彼女が私に振り向く事はないと、この10年で痛いほどわかったから、せめて君に教えて欲しいんだ。私の初恋の彼女の顔を」

彼女は神話のメデューサの様な顔だろうか、石みたく硬直していた友人の口が動いた。

「俺には叫びに顔を歪める男の姿が見える」


常識は錯視かもしれない。

私は友人の、本当の顔がみたい。