無冠文庫

古今東西傑作小説集

掌編聴覚『し』

僕はこの病院を出た事がないし、出る気もない。生まれつきの病気で目が見えない事もあって、窓の外は創造した妄想の世界。楽しく幸せな天国って事になってる。だけど流石に14才にもなって気づいてるから、退院勧告は望んでない。他人と違う僕が、外でどんな目に会うか、想像する程嫌になる。

医者は言った。

「よく頑張りました。完治おめでとう」

冗談じゃない。

去年、新薬の副作用で僕は聴力を失った。

目も耳もない、かの琵琶法師のような僕に完治だって、全然もと通りになってない。

お医者様はなにをどう診たのか。

この目も、お耳も、全部普通にして完治にしてよ。じゃないと僕は、命の危機から救われてない。コワクテコワクテ。

だけど本当は、凄く嬉しい。

凄くありがとうって思ってる。

お医者さんにも、両親にも、支えてくれたみんなに元気な笑顔を見せたい。だからこそツラいんだ。本当は全部聞こえてるから、お医者さんの言葉も、両親の涙声も、みんなの励ましも、今も聞こえるから、僕は聴こえないふりをして生きてる。

沢山の人が見て見ぬふりをしてる。

本当は誰も違いを受け止められないままで、

そして僕も。