無冠文庫

古今東西傑作小説集

掌編味覚『解剖学的嗅ぎ煙草入れ』

煙草と聞いて制服姿の彼女を思い出すのは、余りにエモーショナルな言い分を聞いた覚えがあるからに違いない。ある帰り時、目の前に好きな子が歩いてた。僕が付けたのか、偶々か、後者であれと願うばかりだがとにかくチャンスか、もちろん男なら告る他ない、…

掌編嗅覚『へい、ふぃーばぁ』

国語の時間は苦手だ。『すくすくとたんぽぽ』の音読。「次は、ゆうた君」「はい」マスクを外す。鼻がむずむずする。ずるずるすする。はなからミスする。「くすくす」する声。紙くずもすぐ、ぐずぐず。鼻水かみすぎず、袖の端でふく。服を恥じ、それを隠し、…

掌編聴覚『し』

僕はこの病院を出た事がないし、出る気もない。生まれつきの病気で目が見えない事もあって、窓の外は創造した妄想の世界。楽しく幸せな天国って事になってる。だけど流石に14才にもなって気づいてるから、退院勧告は望んでない。他人と違う僕が、外でどんな…

掌編味覚『シンプル』

無駄。「まーた電気つけっ放しじゃん」何故スイッチを切らないのか。どうして五分前に集合するのか。大が小を兼ねる理由も、オシャレという飾りの訳すら解らない。キッカケは娘の何気ない言葉だった。「お父さんなんて誰も見てないから」私は帽子を被る事を…

掌編視覚『顔』

「私の初恋の相手を紹介するから」そう言って私は、友人を呼びつけた。「ここの美術館変わってないのな」言いつつも友人は物珍しそうに作品を眺めた。美しい後ろ姿の西洋絵画のレプリカ。「私はよくその壁の彼女に会いに来るよ」「は、えっ」「小学校の遠足…

掌編触覚『瞳の夜』

「おやすみ」から始まる夢の世界で、 「おはよう」は滅びの呪文なんだよって、 いつか傍らで嫋やかな君が言った。 二人の帳。すやすや安らぐ君の隣で、寝むれぬ一夜を一人過ごした。 今夜、「おやすみ」と君が言った。眠った様な呼吸は和みの飽和でいて、薄…

掌編聴覚『みえないモノが見える』

机が爆発した。一億分の九千二百万人が消えた。これはもしもの話だ。僕らの生活には不可欠で、学校も、オフィスも、食卓も、机が支えてるけど、当たり前過ぎて誰にもみえない。これは今、目の前の話。一割の人は左手に、僕はこの右手に誰かの見方を握りしめ…