掌編味覚『シンプル』
無駄。
「まーた電気つけっ放しじゃん」
何故スイッチを切らないのか。どうして五分前に集合するのか。大が小を兼ねる理由も、オシャレという飾りの訳すら解らない。キッカケは娘の何気ない言葉だった。
「お父さんなんて誰も見てないから」
私は帽子を被る事を辞めた。
帽子を選ぶ時間、帽子を買うために払うお金、更にはそのお金を稼ぐために費やした労力が、全てが無駄だった事に気付いた。
「断捨離、流行ってるよね」
私が物を捨てる度、娘は言った。
「最近のそれノームコアってやつ、若いね」
私服は上下で14着、7セット。毎週同じ物に手を通し、同じく足を通し、同じ時間に同じカレーライスを食べると、同じ分速で歩き、同じ電車の同じ場所に乗り、同じ日常を繰り返して、全く同じシナリオに満足して眠った。
これは何かを選ぶ時間や、何かに費やす精神を、無駄にしない為のエコだ。そうして浮かしたゆとりを、私はいつか思いっきり使う。
無駄。
「お父さんって何が楽しくて生きてんの」
娘の一言に、私は無性に悲しくなった。
無駄の積み重ねこそが人生なのかもしれない。あのシンプルな日々こそが、人生にとって空白の無駄となっていた。
私は好物のカレーライスと共にめいいっぱいの水を頬張り、少し遅めの寝支度を始めた。